(72)星を求める願望のとりこ

行いについても(70)、言葉についても(71)あなたは正しくあるように責任を負っています。そして、思いについても同様です。第十の戒めは、『あなたはむさぼってはならない』です。そして、隣人に対する私たちの義務は、他人のものを欲しがったり、願ったりしないことです。

『むさぼり』というのは、『あなたの持つべきでないと知っているものを執拗に願うこと』です。これがいけない理由は、それは他人が所有しているものだからです。他の子供が上等の服を着ていたり、たくさんお金を持っていたり、他の大人が立派に見えたり、有名になったり、良い家に住んだりすることを憎く思うこと。この思いが罪なのです。言葉と行いは、思いから育ってきます。それはちょうど芽や花が種からできるようなものでしょう。むさぼりの思いが育った二人の男の悪事の話を読んでください(列王記下5章20〜27節、マタイ26章14〜16節)。

『世界を自分のものにしよう』なんて間違った願いを持つことはやめてください。私たちの義務は、誠実に学び、働き、私たち自身の生活を支えること、私たちの生活の場所で私たちの義務を果たすことです。『神様が許可されたなら、そこに仕事が与えられる』のです。このことを、カテキズムについて知らない人は、間違えて『神様は、私の気に入った仕事を与えてくださる』と考えているようです。もちろん、より良い仕事を得るように望むことは間違いではありません。あなたの努力で、高い地位やたくさんの給料をもらえるかもしれません(65)。あなたは、キャベツのように、いつも同じ所で生活しなければならないわけではありません。しかしまた、クラゲのように、ふらふらとあちこち転々とすることが良いわけでもありません。ですからそれは、神様が許可されたなら、あなたが考えているような大きな仕事も与えられるでしょう。『神様は、自らを助けようとする者を助ける』というのは正しい言葉です。

しかし、あなたはずっとブツブツ言う者であってはなりません。いつもただ食べる、そして不満な、飽きることなくいつまでも争ってばかりいる者であってはなりません。それによって、いかに世界が不幸になっていることでしょうか。この戒めは、幸せにし、元気にし、心を平和に保つこと(57)であって、隣人に対すると同様に、神様に対する義務でもあるのです。あなたの町も悪いところではありません。

(H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)

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