(66)牧師

私たちの義務は、牧師や教師に従うことです。牧師“Pastor”という言葉は、ラテン語で、『羊飼い』という意味です。羊飼いというのは、あなたも知っているように、羊に気をつけて、世話をし、守り、餌を与える人です。しかし、教会の聖職者(主教、司祭、執事)は、本当は羊飼いの僕です。本物の羊飼いであるキリストは、この聖職たちを、羊飼いの羊の世話するために任命します(ヨハネ21章16節)。日本聖公会には、たくさんの教会があって、それぞれに牧師がいます。いくつかの教会が集まって教区を形成しています。九州教区とか神戸教区とかです。そして各教区の長として主教がいます。

第五の戒めは、クリスチャンが、牧師に従うことをも意味しています。神様は、牧師にあなたの魂の世話を特別に委ねています(ヘブライ13章17節)。あなたが洗礼を受けた時、主教や教会の戒めや法、それらのことに従うことになります(ルカ10章16節)。

ウィルソン神父が、ハッガーストンにあるカンタベリーの聖オーガスチン教会の牧師になったのは、1925年9月14日でした。この任命式の説教で、ステプニー教区の主教が説教した言葉を引用します。

『私たちは牧師(Parson)という単語の意味を覚えておかなけれぱなりません。それはイエス・キリストの人格(Person)をすべての人に思い出させる存在です。』

牧師の第一の義務は、神様を人々に示すこと、そして彼らを神様の所に連れてゆくことです。これは簡単なことではありません。牧師も人間です。すべての人が持っているのと同様、あるいはそれ以上の誘惑があります。ですから、時々、あなたの教会の牧師のために祈ってください。そして、すべての主教や司祭や執事のために。

司祭は“Reverend”(尊敬される人)と呼ばれます。しばしば英語で“Father”とも呼ばれます。英国では男性や少年が通りで彼に出会うと、自分の帽子に触れて敬意を表します。たとえ彼が二重顎で、詮索好きで、小さな丸いビーズのような目をした絵のような牧師であっても、彼は尊敬されるべき者です。なぜなら、彼は司祭だからです。

(H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)

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