(63)借用証書

十戒は、先ずはじめに神様がイスラエル人に与えられたものです。モーセという偉大な指導者は、読んでそれを行うようにと彼らに告げました(申命記6章7節)。私たちの主は、これがクリスチャンに対する命令でもある、と言われました(マタイ22章34〜39節)。私たちもそれらを守らなければなりません。なぜなら、私たちも神様を信じているからです。これが、以前にあなたに言ったように、祈祷書の教会問答の中で、使徒信経に続いて十戒がある理由です。

最初の四つは、神様に対する私たちの義務を教えてくれます。私たちは神様に対して負い目があります。私たちは神様に義務を果たさなけれぱなりません。この絵を見てください。四枚のものを正しく並べるなら、完全な輪ができるでしょう。この四つの戒めとは、『神様への私の義務。それは、私が神様を愛すること、礼拝すること、尊敬すること、時間を神様のために聖く保つこと』ということです。これらの四つの戒めを守ることによって、神様があなたを生きた者にされたのと同じく、あの鉢植えの菊のようにあなたは神様に向かって生きられるのです(52)。そうすることによって、その副産物として、あなたは、おそらく知らず知らずのうちに、他の人を神様の所へ連れて行くことになるでしょう。

マンチェスター運河ができた時、ある場所を担当していたモーリスという技師は、南イングランドから来てワーリントンのロッジで一人暮らしをしている若い独身の男性でした。彼はクリスチャンでした。毎日曜日(その日だけが彼の唯一の休みでしたが)彼は必ず聖餐式に行きました。運河が完成して数年して、彼がロンドンで働いている時、ある男が彼の事務所に来て言いました。「モーリス、僕を覚えているかい。僕はワーリントンの家で君の階下に住んでいたことがあるんだ。毎日曜日の朝、君が起き上がって教会へ行く足音を聞いていたんだ。僕は君が僕と同様疲れていたことを知っていた。そこで僕は思ったんだ。唯一の休みの日に君が必ず礼拝を守れたとすれば、キリスト教には何かがあるに違いない。だから僕はそれが知りたくて、最近堅信式を受けて、受聖餐者になったんだ。」

(H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)

楽しい問答会