(61)日曜日は楽しみましょう

あるご婦人の教会は少し遠くて、バスで通っていました。毎日曜日の朝、同じ時間の同じバスでした。車掌さんが、彼女がいつも同じ通りの角で降りるのに気がつき、またちょうどその時、彼には教会の鐘が鳴るのも聞こえました。そこで、ある日彼女に「教会に行っておられるんですか?」と問いました。すると彼女は、宗教の話がしたくなかったのでしょう、はにかんでウソを言いました。「いいえ、行っていません。」車掌は「すみませんでした。実は、私はクリスチャンなんですが、家に病気の小さな子供がいます。私は仕事で、教会に行けないのです。」こういう話でした。

あなたはクリスチャンであることを恥ずかしく思わないでください。聖餐式に行くことをはにかまないでください。あなたは、行けない人のために祈るチャンスを失うかもしれません。そしてきっと聖書の箇所を思い出すでしょう(ヨハネ18章25〜27節)。

あなたが日曜日の義務をはたす時は、神様のことをまず第一にしてください。それは正しく、神様のみこころにかなったことです。そして、あなた自身もその日を楽しみ、その休みに幸せにならなければなりません。ユダヤ人は、彼らの安息日をみじめなものにしたので、イエス様は、彼らの間違いを指摘されました(マルコ2章27節、3章4節)。私たちは休みをとるように造られているのです。『安息日』は『お休み』を意味します。私たちはみんな、時々レクリエーションが必要です。私たちの心と体は、仕事から時々離れなければ、すぐに疲れてしまいます。休日は必要です。神様は日曜日を『休日』、聖なる日とされました。

日曜日の午後は、公園へ行って、湖でボートを漕ぎましょう。友たちどお茶を飲んでお喋りしましょう。罪にならないことなら、どんなことでもやりましょう。

神様を第一にしてください。聖餐式に行きましょう。それからくつろいで、あなた自身が楽しむのです。英国の古いことわざに『日曜日を楽しく過ごすと、内容のある一週間が与えられる』というのがあります。

(H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)

楽しい問答会